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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

下関の方言 と…の部 

下関の方言 と…の部

とめる
 埋める。

とも
 会葬。

どもするな
 決して…するな。

とや
 鶏舎。

どやす
 撲る。怒る。怒鳴る。

どようし
 どひょうしと同じ。

どら
 道楽者。放蕩者。

とらまえる
 捕まえる。

とりあう
 相手をする。相手になる。

とりあげばあさん
 産婆。助産婦。

とりこ
 養子。もらい子。

とろい
 鈍い。にぶい。ぬるい。

どろおとし
 田植えが終わって催す慰労会。

とろくすん
 白いインゲン豆。

どろくへろく
 酔っ払う。泥酔する。


冨田義弘著「下関の方言」赤間関書房刊より
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Posted on 2018/10/22 Mon. 11:04 [edit]

category: 下関弁辞典

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武蔵・小次郎、小島に咲いた武芸の華3 

武蔵・小次郎、小島に咲いた武芸の華3

「巌流」を「小次郎」に変貌させたのは吉川英治の「宮本武蔵」と村上元三の「佐々木小次郎」で吉川は前髪立ちの若衆、村上は孤高の青年美剣士として登場させている。
三尺あまりの長刀で闘った小次郎は、二時間も待たされ、武蔵の策略に乗せられて櫂の木刀であえなく倒されてしまった。

武蔵は全国的なヒーローであるが、下関では小次郎を哀れむ思いが強く、敗者を島の名にしたり、武蔵を悪者扱いにした伝説も残されている。
また細川家で剣術指南した門弟らを島に入れず、対岸から観戦させた地には「弟子待」の名がつけられ、小次郎を偲んできた。
もともとこの対岸の彦島には天長七年に淳和天皇が開墾を命じた勅旨田があり、下関では田をマチともいうので、それが転じて小次郎に結びついたという説もある。

悲運の剣士は吉田松陰や斎藤茂吉らもその死を悼んでいるが、吉川英治は「死微笑」を、村上元三は「黄色い浜車の花」を印象的に描いて、物語を終えている。

(冨田義弘)


図説「下関の歴史」より
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Posted on 2018/10/22 Mon. 10:47 [edit]

category: 下関の歴史論文

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