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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

下関の方言 ち…の部 

下関の方言 ち…の部

ちびっと
 ちょっと。少し。

ぢべた
 地面。

ちまめ
 内出血して黒く変色すること。
 乳頭。

ちゃ
 …だ。

ちゃい
 捨てる。投げる。叩く。

ちゃいちゃい
 風呂に入ること。

ちゃだし
 やかん。急須。

ちゃびん
 どびん。

ちゃらんぽらん
 いい加減なことをいう。

ちゃりこい
 すばしこい。
 目先のきく子。

ちゃる
 …してやる。

ちゃわん
 陰毛の無い女性。

ちゃわんばち
 どんぶり。


冨田義弘著「下関の方言」赤間関書房刊より
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Posted on 2018/10/10 Wed. 10:11 [edit]

category: 下関弁辞典

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平家一門海峡に滅ぶ1 

平家一門海峡に滅ぶ1

源氏と平家の最後の合戦が、関門海峡壇之浦を舞台に展開された。
寿永4年3月24日のことである。
海峡の西、彦島から移動して門司に陣を敷いた平家の総帥、平知盛に対し、源氏の総大将、源義経は、東に位置する満珠干珠ふたつの島あたりに陣を敷いた。
義経の作戦は、背後からではなく、セガイ船の水主・舵取を先に弓矢で射るというもので、さらには300隻を擁する阿波民部太夫への寝返りの誘いが、勝敗を左右することになった。

平家にとって、戦の結末が見えてきたとき、安徳天皇を抱いた二位尼は「いまぞ知る、みもすそがわの御流れ、波の下にも都あり」と辞世を残し、水面を舞い降り沈んでいった。

九条兼実の日記「玉葉」によると、戦は正午に始まり、午後四時頃に終結したことになる。
平家500隻、源氏800隻、あわせて1300隻の軍船が入り混じって合戦であった。

潮流が速かったか、穏やかだったか。
「平家物語」など軍記ものでは「たぎり落ちる潮の流れ」との表現もあるが、3月24日は小潮であり、当然穏やかな流れであったはずである。
物語は誇張されたと推察される。

(安富静夫)


図説「下関の歴史」より
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Posted on 2018/10/10 Wed. 09:54 [edit]

category: 下関の歴史論文

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