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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

国内最古の恐竜足跡化石と西山貝化石2 

国内最古の恐竜足跡化石と西山貝化石2

彦島西山海岸の貝の化石層は、昭和46年下関市の有形文化財に指定されている。
場所は彦島西山町二丁目の海岸で、岩層は北九州に広く分布する地層と対比され、芦屋層群の上部にあたるとされている。
そして地質の時代は、古第三紀中の斬新世にあたる。

このあたりの海岸は北西方向に約100メートル続き、北東へゆるやかに傾斜した波打ち際の砂岩層で、大型二枚貝の密集のほか、巻貝・ウニ・鳥など31種類におよぶ化石床を形成している。

化石層の厚さは40センチほどで、二枚貝は場所によって両殻そろったものもあるが、ほとんどがバラバラで、堆積当時すでに破損していたものも多かったことが推測される。
これらのことから、この化石層は、浅い海で波や風、潮流などによって貝殻が吹き寄せられて集まり、堆積したものと考えられている。

平成4年、この化石層が現地保存か採掘保存かで注目をあびた。
山口県下関水産事務所の漁港整備計画の一環として、道路建設が行われることになったときのことである。
結果は、化石層のある地域に橋を架け、現地保存をすることになった。

また西山に近い竹の子島南岸の、高さ6メートルの海食崖の上から4メートルのところで、長さ27センチ、幅14センチほどのヒゲクジラ亜目ケトテリウム科に属するクジラの頭骨の部分化石が発見された。
これは県内で発見されたクジラの化石としては最大級のものとされ、生育時は、全長が5メートルから10メートルの大きさであったと推定されている。
このクジラの化石は、美祢市立歴史民俗資料館に収蔵されている。
(安富静夫)


図説「下関の歴史」より
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Posted on 2018/10/03 Wed. 15:36 [edit]

category: 下関の歴史論文

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下関の方言 た…の部 

下関の方言 た…の部

だー
 私。自分。

たーら
 俵。

たあすく
 田を耕す。

たあらご
 なまこ。

だい
 だよ。

たいがたい
 堪え難い。
 恥ずかしい。
 気の毒な。

だいがら
 米つき台。

だいがん
 大頭。

たいぎ
 もの憂い。億劫。だるい。

だいくおくり
 上棟式の祝宴の後、大工の棟梁の家へ祝いの米や酒の入った長持ちを担いで贈る行列。

たいこ
 まるまげ。
 たいこ帯。


冨田義弘著「下関の方言」赤間関書房刊より
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Posted on 2018/10/03 Wed. 10:13 [edit]

category: 下関弁辞典

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国内最古の恐竜足跡化石と西山貝化石1 

国内最古の恐竜足跡化石と西山貝化石1

下関市吉母町の海岸で国内最古の恐竜の足跡化石が発見されたのは、平成5年5月23日のことであった。

この足跡化石は、発見場所の地層の年代から約1億4000万年前のジュラ紀のものと推定されている。
国内での恐竜の足跡化石はジュラ紀より新しい白亜紀のものしか見つかっていないことから、国内最古ということができる。

足跡化石の形は三枚の葉を広げたような三葉型で、大きさは、縦横ともに25センチのものと、縦31センチ、横33センチのものの二つがある。

頁岩でできた清末層という地層に恐竜が足跡をつけ、そのあとに砂がたまって固まり、黄色を帯びた砂岩の足跡となっていたもので、その大きさや指先の形などから、全長10メートルのイグアナドン類の足跡と推定されている。

この化石の発見者は、福岡県飯塚市の黒河雅文氏、鑑定したのが北九州市立自然史博物館の岡崎美彦学芸員であることから、現在、北九州市立いのちのたび博物館に収蔵されている。


図説「下関の歴史」より
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Posted on 2018/10/03 Wed. 09:38 [edit]

category: 下関の歴史論文

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