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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

彦島とその開拓の歴史2 

彦島とその開拓の歴史2


それではまず彦島の呼称の変遷から調べてみたいと思います。
現在の彦島は明治以前までは「引島」と申していたのであります。
古い昔は彦島と言っていたこともあります。
これは上代に彦火々出見尊が住んでおられたという伝説からでありますが、やはり「彦島」の方が色々の書物に多く書かれているようであります。

「引島」のおこりを見てみますと、今の漁港の出入り口は小戸海峡でありますが、大昔は陸続きとなっていたのであります。
これが内海と外海の潮流のために次第に侵食され、とうとう土地が切断されて島になったということで、当時その形が手を引き合うように見えたので「引島」と名付けたということであります。
また、一説には一帯に山々が低いので、低い島すなわち「引島」というとの説もあります。

ところが文久年間に毛利藩が弟子待などに砲台を築くことになりまして、「引島」の地名は「退く」につながり、軍事上はなはだ縁起が悪いというので、彦島に改め今日に及んだもので、「彦島」と「引島」との二説があったのを、文久以後「彦島」に統一したわけであります。


古老が語る郷土の今昔「ひこしま発展誌」より
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Posted on 2018/10/29 Mon. 10:09 [edit]

category: ひこしま発展誌

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下関の方言 に…の部 

下関の方言 に…の部


 …へ。
 重荷。負担。責任。

にーじん
 ニンジン。

にーな
 にな貝。

にえかえる
 腹がたつ
 人ごみ。混雑。

にえきらん
 決断力がない。はっきりしない。

にえくる
 腹がたつ。

にえさし
 半煮え。

にえる
 腹がたつ。
 カビが生える。

にお
 牛や馬の背につける緒。

におう
 似合う。
 よく似た性格。

にがる
 痛む。

にき
 そば。脇。


冨田義弘著「下関の方言」赤間関書房刊より
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Posted on 2018/10/29 Mon. 09:56 [edit]

category: 下関弁辞典

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29

下関の方言 な…の部 

下関の方言 な…の部

なまかじり
 半途知り。

なましび
 半乾き。

なみかぜ
 家庭の風波。家庭の争議。

なみだきん
 慰謝料。
 わずかなお金。

なや
 …するなよ。

なやみ
 手にかける。扱う。

なやむ
 取り扱う。受け持つ。

なり
 風采。格好。

なりき
 果実の稔る樹木。

なるてん
 南天。

なんぎ
 悲しい。苦しい。つらい。

なんしょう
 餅を搗く杵。

なんせ
 何しろ。

なんせえ
 …しなさいませ。

なんちゅう
 なんという。

なんなー
 何ですか。
 なにをっ。

なんなら
 それなら。なぜなら。

なんぼ
 いくら。いくつ。

なんぼなんでも
 幾ら何でも。

なんや
 何ですか。


冨田義弘著「下関の方言」赤間関書房刊より
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Posted on 2018/10/29 Mon. 09:12 [edit]

category: 下関弁辞典

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青春の船出2 

青春の船出2

彦島福浦港口の金比羅社に登っては、そこに至る石段の数から、一段の高さを七寸として高さ十四丈と推定したりしている。
また、ここに設けられた燈籠堂の油銭の出所にも言及するなど、経済的な考察も行っている。
しかしこの時期の松陰からは、のちの思想家としての片鱗はうかがい難い。

下関は阿弥陀寺に詣でたのち、その坂下に位置する本陣伊藤家に立ち寄り、読書にふけっている。
当時は杢之助が当主であり、松陰はその人格識見に惹かれ、また同家にある多数の蔵書にも魅了されて、日程の詰まったこの旅にも二度に渡って同家を訪ねている。

松陰は以後、下関を通るたびに必ず伊藤家に立ち寄り、読書にふけっている。
生涯にわたって一万冊の読書を志していたとされる松陰にとって、伊藤家の蔵書は彼を魅了するものであったろう。
「馬関に伊藤杢工を訪う」という題の七言絶句が「未忍焚稿」のなかにある。
思想家としての松陰の思想形成に、伊藤杢之助の果たした役割は決して小さくなかったと思われる。
松陰出立の一端が下関にあったことは否めないことであり、松陰がこの最初の旅の途中、下関の地で求めた赤間硯が、萩の松陰神社の御神体とされているのも、その証左であろう。

(前田博司)

図説「下関の歴史」より

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Posted on 2018/10/29 Mon. 08:52 [edit]

category: 下関の歴史論文

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彦島とその開拓の歴史1 

彦島とその開拓の歴史1


語り手 西 浜一

現在の彦島は下関市の工業地帯として、年々膨張を続けていますが、つい5、60年前までは、まことに便利の悪い寂しい島であったのであります。
それがわずかの間にかくも急テンポで飛躍発展をして現在のような繁栄をみましたことは、まことに驚嘆のほかはありません。

すなわち明治34年の調べによりますと、戸数1,152戸、人口4,456人が、昭和32年10月現在、戸数10,208戸、人口44,508人に膨張しておることをみますれば、彦島がいかに驚くべき発展をしたかということが実証されているのであります。
要するに、これらは彦島が地の利を占めていたのと、天の時が到来したおかげであると存ずる次第であります。
もちろん島民の努力は申すまでもありません。


古老が語る郷土の今昔「ひこしま発展誌」より
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Posted on 2018/10/28 Sun. 14:05 [edit]

category: ひこしま発展誌

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28

下関の方言 な…の部 

下関の方言 な…の部

なつこい
 人懐っこい。慣れて親しい。

なつだいだい
 夏みかん。

なっちゅう
 なんということ。なんとまあ。

なっちょらん
 全くなっていない。けしからん。

なでぼうき
 箒。小さい片手持ちの箒。

なでる
 箒で掃くこと。
 頭を撫でる。

ななばけ
 紫陽花。

なにしに
 何をしに。何をするために。

なば
 まったけ。
 しいたけ。
 しめじ。

なはい
 …しなさいませ。

なばとり
 松茸狩り。
 椎茸狩り。

なはれ
 …しなさいませ。

なべかるい
 村八分。

なべすけ
 鍋敷き。

なま
 刺身。
 生水。
 正生地の酒。


冨田義弘著「下関の方言」赤間関書房刊より
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Posted on 2018/10/28 Sun. 13:41 [edit]

category: 下関弁辞典

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28

青春の船出1 

青春の船出1

吉田松陰が藩命により沿岸の海防状況視察のため北浦巡検に出たのは、嘉永二年の6月から7月にかけてのことで、このとき松陰は20歳、家学の山鹿流軍学を講じる新進気鋭の兵法家であった。
一行の中では松陰が最も若年であった。

松陰は兵法家としての視点から、毛利藩の沿岸防備の実務を詳しく観察し「廻浦紀略」と称される報告書にまとめて藩に報告している。

この旅の途中、松陰は一時一行と別れて陸行し、狗留孫山などにも登っている。
一行は北浦海岸の角島・蓋井島・六連島・竹の子島・彦島・巌流島などにも上陸し、島々の状況をつぶさに視察している。
これらの島は毛利支藩の長州藩に属していたが、宗藩である萩藩が直接現地に番役を派遣していた。

下関での宿は、伊崎町の關屋松兵衛宅で、一行はここから小舟で彦島を周回するとともに、海岸の見張り場所である身投岩や新地会所・御船倉にも出向いている。

(前田博司)

図説「下関の歴史」より
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Posted on 2018/10/28 Sun. 13:26 [edit]

category: 下関の歴史論文

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28

下関の方言 な…の部 

下関の方言 な…の部

なおらい
 慰労会。

なかごめ
 ご飯の半煮え。

ながし
 よく…する。
 長く続いている状態。

ながじり
 長居。話好き。

なかびより
 重病人の一時的な小康。

なかま
 共有。

ながれひざ
 ひざくずし。

なきみそ
 泣きべそ。よく泣く子。

なぐれる
 仕事にあぶれる。

なごう
 長い間。

なさけない
 悲しい。
 酷い。
 気の毒な。

なして
 なぜ。どうして。

なしたまぁ
 なんともまあ。

なすび
 茄子。


冨田義弘著「下関の方言」赤間関書房刊より
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Posted on 2018/10/26 Fri. 10:26 [edit]

category: 下関弁辞典

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26

遊女おかめの人柱と町づくり3 

遊女おかめの人柱と町づくり3

ところで亀山八幡宮の五穀祭は別名八丁浜といい「ボンチ可愛やねんねしな」と唄いながら「八丁浜偉らやっちゃ」と囃し立てつつ踊る。
それは埋め立てた浜の広さと遊女おかめの心を讃える感謝の言葉である。

五月の海峡祭りで踊られる八丁浜を見て「博多どんたくの真似だ」という人が多いが、「ボンチ可愛や」の唄もシャモジも、明治20年代に下関の芸者や幇間らが博多に持って行って盛んになったもの。
ちなみに「品川女郎衆は十匁」の品川は長州藩の梅屋敷があった土地で、にわか面は、おかめのあばたを隠す意味のお亀面である。
なぜ大量の芸者が移動したしたかといえば、下関が厳しい要塞地帯となったからで、このとき明太子、おきゅうと、お菓子の淡雪なども一緒に博多に移されたと、先年まであった下関検番の人々は嘆いたものである。

(冨田義弘)

図説「下関の歴史」より
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Posted on 2018/10/26 Fri. 10:23 [edit]

category: 下関の歴史論文

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下関の方言 な…の部 

下関の方言 な…の部


 …ですね。

なー
 …ですよ。
 …しませんかね。

なぁ
 無い。

ない
 …しなさい。

ないしょぎん
 へそくり。

ないしょご
 隠し子。

ないと
 でも。なりと。

ないない
 無い。
 片付ける。

ないや
 …しなさいよ。

なおし
 修理屋。

なおす
 修理する。繕う。
 納める。取り込む。


冨田義弘著「下関の方言」赤間関書房刊より
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Posted on 2018/10/24 Wed. 10:14 [edit]

category: 下関弁辞典

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