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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

レール跡 

ああ回天写真集より
レール跡
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Posted on 2018/02/13 Tue. 12:14 [edit]

category: 回天

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トンネル見張所 

ああ回天写真集より
トンネル中程にある見張所
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Posted on 2018/02/13 Tue. 12:12 [edit]

category: 回天

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九三式酸素魚雷について 

九三式酸素魚雷について

概要

艦船を攻撃する兵器として代表的なものに魚雷があります。
内燃機関を有する初期の魚雷は、空気を酸化剤(酸素供給源)として使用していたため、燃焼に必要がない窒素や燃焼に伴い発生する窒素酸化物はそのまま排出されることから、海水中に気泡が発生し、敵艦船にその存在を発見されるといった欠点がありました。
この欠点を解消する方法の一つに、燃料(灯油)を燃焼させるための酸化剤に酸素そのものを使う方法が考えられます。
この純酸素を使っても、灯油の主成分の一つである炭素と酸素が結びつくことから二酸化炭素が発生しますが、空気を燃焼させて発生する窒素等の量と比べてその量は著しく少なく、また二酸化炭素は水に対しての溶解度も高いため、気泡が発生しにくくほとんど航跡が生じません。
しかし、燃料と純酸素とを最初から混合して燃焼させると、超高温で燃焼してしまうことから燃焼室と気筒が溶けてしまうため、魚雷という装置の中で利用するには、この燃焼をうまくコントロールする必要がありました。
そのためには特別な技術が必要となりますが、旧日本海軍の技術者たちは、着火時の燃焼を純酸素ではなく空気や四塩化炭素を使用することで制御できることを発見し、その技術を確立させ、昭和8年に艦対艦用の正式な兵器として採用しました。
その年が、皇紀(神武天皇即位の年(西暦紀元前660年)を元年とする紀元)2593年であったことから、この魚雷の名称を年号の末尾の2桁を取って九三式酸素魚雷として命名しました。

性能

参考文献はこちら※8.9

全長:900cm
直径:61cm
重量:2,800 kg
射程:(36ノット)30,000m、(48ノット)15,000m
弾頭重量:780kg(3型)

酸素魚雷の種類

九三式酸素魚雷(艦船から発射用の酸素魚雷)→回天に転用
九五式酸素魚雷(潜水艦から発射用の酸素魚雷)

酸素魚雷発射試験場の誕生

呉市の海軍工廠で開発された九三式酸素魚雷は、同市阿賀にある大入(だいにゅう)遠距離発射場で発射試験がなされていましたが、航続距離が長い酸素魚雷には、もっと長い距離で航行状態を確認できる海域が必要になりました。
そこで、呉市から魚雷を海上輸送してもそう遠くない距離にあり、また、最新兵器の機密性が保持されることをも考慮した結果、大津島が選ばれ試験場が建設されることになりました。
昭和12年からは魚雷整備工場と発射試験場とを結ぶトンネルの掘削工事が始まり、13年からは発射試験場の工事に取り掛かりました。

WEBサイト 回天記念館より
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Posted on 2018/02/13 Tue. 12:10 [edit]

category: 回天

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実物大回天模型 

ああ回天写真集より
実物大回天模型
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Posted on 2018/02/13 Tue. 12:07 [edit]

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平和祈念の鐘 

ああ回天写真集より
平和祈念の鐘
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Posted on 2018/02/13 Tue. 12:06 [edit]

category: 回天

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