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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

初めての訓練事故(昭和19年9月6日) 

「回天」の誕生から実戦まで

初めての訓練事故(昭和19年9月6日)

「回天」の訓練は3基の試作機で始まりますが、その訓練が始まった2日目の9月6日、黒木大尉と樋口大尉が乗った一号艇は、天候の悪化で波が高くなり、これにより俯角(ふかく:物を見下ろしたときの視線の方向と目の高さとのなす角)がかかり過ぎて海底に着底し動けなくなるという事故を起こします。
この事故の発生が夕方ということもあり、遭難場所の捜索が難航したため救助が間に合わなく、酸欠による初めての殉職者を出すことになりました。
その後、「回天」の上部を白く塗装することで、海底に沈んでいても発見しやすくしたことや、前部に取り付けてあるバランスを保つためのタンクに、15m以上潜水した場合は自動的に空気を送り込むことによって浮力を増す装置を取り付けることなどの改良が行われましたが、湾内に投下された機雷や航行船舶と接触するなどにより、さらに13名の方が訓練中に殉職されています。


左の画像は回天記念館の前庭から蛇島を眺めたもの。右はそれを望遠レンズでアップしたもの。その画像の左に見える蛇島の手前にブイ(実際には緑色のブイ)が浮かんでおり、その右手にもブイ(実際には赤色のブイ)が浮かんでいます。
この辺りは第?T訓練水域の整備工場から4,000mの沖合地点となり、ちょうど海底に沈んでいた一号艇が発見された場所となります。

樋口大尉手帳の事故地点図面

樋口大尉が、沈んだ一号艇の中で自身の手帳に書き込んでいた事故現場の図。参考文献はこちら※4

WEBサイト 回天記念館より

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Posted on 2018/02/10 Sat. 15:52 [edit]

category: 回天

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イ367潜の出撃 

ああ回天写真集より
イ367潜の出撃
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Posted on 2018/02/10 Sat. 15:49 [edit]

category: 回天

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多聞隊イ43潜の壮行式 

ああ回天写真集より
多聞隊イ43潜の壮行式
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Posted on 2018/02/10 Sat. 15:47 [edit]

category: 回天

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多聞隊イ367潜搭乗員 

ああ回天写真集より
多聞隊イ367潜搭乗員
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Posted on 2018/02/10 Sat. 15:45 [edit]

category: 回天

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最後の出撃 

ああ回天写真集より
最後の出撃となったイ363潜
昭和20年8月8日沖縄方面へ
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Posted on 2018/02/10 Sat. 15:43 [edit]

category: 回天

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多聞隊イ363潜搭乗員 

ああ回天写真集より
多聞隊イ363潜搭乗員
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Posted on 2018/02/10 Sat. 15:40 [edit]

category: 回天

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多聞隊イ366潜搭乗員 

ああ回天写真集より
多聞隊イ366潜搭乗員
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Posted on 2018/02/10 Sat. 15:38 [edit]

category: 回天

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大津島基地誕生(昭和19年9月1日) 

「回天」の誕生から実戦まで

大津島基地誕生(昭和19年9月1日)

昭和19年9月1日、大津島に回天訓練基地が開設され第一特別基地隊第二部隊が編成されました。もちろんその中に発案者である黒木博司大尉と仁科関夫中尉も含まれており、当初の訓練搭乗員の数は34人でした。参考文献はこちら※3
その後、募集に応じた搭乗員が増加することで、大津島基地だけでは収容しきれなくなったことなどから11月25日に光基地(光市)、20年3月1日に平生基地(平生町)、4月25日に大神(おおが)基地(大分県速見郡大神村(現 日出町))が開隊します。
最終的に搭乗員の訓練を受けた兵士は1,375名となりました。

出身 搭乗員数 戦没者数
海軍兵学校 89人 19人
海軍機関学校 32人 12人
海軍水雷学校 9人 9人
予備学生 210人 26人
甲種飛行予科練生 935人 40人
乙種飛行予科練生 100人 0人
合計 1,375人 106人

大津島での訓練(昭和19年9月5日)

訓練期間は、募集要項では概ね3ヶ月となっていました。
その訓練水域は、次の五つが設定されていました。参考文献はこちら※3

第1訓練水域
魚雷整備工場前から徳山湾にある蛇島(さしま)に向かって、片道5,000mの直進航路を、潜航と浮上航走を繰り返しながら往復します。これは最初に行われる訓練で、1回だけ実施されていました。
第2訓練水域
魚雷発射試験場の南側海面をスタートし、馬島と洲島の南側を通過し、徳山湾入口の灯台を設置した岩塊である岩島との間の水道を通り抜けて徳山湾内に入り、整備工場の前面海域に帰るコースです。
第3訓練水域
魚雷発射試験場の正面沖合に浮かぶ野島を左回りに一周するコースです。
第4訓練水域
大津島の北端を右回りに回って整備工場の前まで帰る長いコース。狭い所がいくつかある上に、小さい島や岬、水面下に隠れた岩などの障害物が多く、頻繁に浮上、潜入を繰り返して進路を変えながら航走する必要があることから、適艦船が停泊している環礁などに出撃する場合のための狭水道通航の訓練をするには絶好のコースでした。
第5訓練水域
実際に潜水艦のデッキに「回天」を取り付けた上で、徳山湾沖で行う発進訓練です。

WEBサイト 回天記念館より

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Posted on 2018/02/10 Sat. 15:32 [edit]

category: 回天

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萩藩新地会所跡 

下関・維新物語 清永唯夫著より
萩藩新地会所跡
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Posted on 2018/02/10 Sat. 15:28 [edit]

category: 維新のけしき

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高杉晋作回天義挙所碑 

下関・維新物語 清永唯夫著より
高杉晋作回天義挙所碑
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Posted on 2018/02/10 Sat. 15:26 [edit]

category: 維新のけしき

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高杉晋作騎馬像 

下関・維新物語 清永唯夫著より
高杉晋作騎馬像
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Posted on 2018/02/10 Sat. 15:24 [edit]

category: 維新のけしき

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功山寺山門 

下関・維新物語 清永唯夫著より
功山寺山門
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Posted on 2018/02/10 Sat. 15:21 [edit]

category: 維新のけしき

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功山寺中庭 

下関・維新物語 清永唯夫著より
功山寺中庭
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Posted on 2018/02/10 Sat. 15:18 [edit]

category: 維新のけしき

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正面入口 

早鞆百年史より
正面入口(昭和初期)
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Posted on 2018/02/10 Sat. 15:16 [edit]

category: 早鞆高校

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校門 

早鞆百年史より
校門(昭和初期)
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Posted on 2018/02/10 Sat. 15:13 [edit]

category: 早鞆高校

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