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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

帰投したイ44 

ああ回天写真集より
作戦変更して帰投したイ44潜
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Posted on 2018/02/05 Mon. 13:25 [edit]

category: 回天

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05

イ370潜出撃 

ああ回天写真集より
イ370潜出撃
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Posted on 2018/02/05 Mon. 13:23 [edit]

category: 回天

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05

千早隊イ370潜搭乗員 

ああ回天写真集より
千早隊イ370潜搭乗員
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Posted on 2018/02/05 Mon. 13:21 [edit]

category: 回天

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05

千早隊イ44潜搭乗員 

ああ回天写真集より
千早隊イ44潜搭乗員
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Posted on 2018/02/05 Mon. 13:18 [edit]

category: 回天

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輝く海辺を行く【田の首】 

輝く海辺を行く【田の首】


潮の香りに囲まれた彦島の海辺は、人の通行をかたく拒んで、寄せつけないところもあります。
弟子待から田の首への海岸線も、通り抜けができません。

そこで、日露戦争当時、海軍の兵舎があったことから「海軍山」とよばれる高台を経て、田の首へと向かいます。

途中、昭和57年4月開校した向井小学校や、田の首八幡宮、造船所の巨大なクレーンをながめながら下って行くと彦島田の首町で、小さな船溜まりがあります。

波打ち際には、完成間近な貨物船の壮大さを、一層強調するかのように、小さな漁船がつながれていました。

運輸省の検潮基準点の標識を後に、家並みを通り抜け、再び海へ出ると、彦島の最南端です。

近くに、昭和46年12月に完成した南霊園の墓標がアベリアの可憐な花に囲まれて、静かな秋の光をいっばいに受けたやすらかな光景を見せてくれます。

ここからは塩浜町へは、干潮の時のみ探訪することができますが、海岸線コースの中でも難所の一つです。

大小の岩伝いにえよそ1キロメートル。
海峡の流れを隔て、戸畑、若松の工場群がせまってくる眺めを左に、岬をまわると、福浦金刀比羅宮の森、入り江に浮かぶ輸入木材の群列、福浦町の連なる甍が、眺めを一変させてくれます。


下関市教育委員会編「わがふるさと見て歩き」昭和58年発行
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Posted on 2018/02/05 Mon. 13:14 [edit]

category: わがふるさと見て歩き

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教法寺 

下関・維新物語 清永唯夫著より
教法寺
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Posted on 2018/02/05 Mon. 13:13 [edit]

category: 維新のけしき

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極楽寺 

下関・維新物語 清永唯夫著より
極楽寺
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Posted on 2018/02/05 Mon. 13:11 [edit]

category: 維新のけしき

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赤間神宮 

下関・維新物語 清永唯夫著より
赤間神宮
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Posted on 2018/02/05 Mon. 13:10 [edit]

category: 維新のけしき

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奇兵隊士 

下関・維新物語 清永唯夫著より
奇兵隊士
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Posted on 2018/02/05 Mon. 13:09 [edit]

category: 維新のけしき

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白石正一郎日記 

下関・維新物語 清永唯夫著より
白石正一郎日記 中摘要
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Posted on 2018/02/05 Mon. 13:07 [edit]

category: 維新のけしき

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こびんおおひと 

こびんおおひと


 むかし、世界旅行に出かけたおおひとが彦島をまたごうとした時、連れていたお転婆でヤンチャな一人娘が
『おなか、へったあ』
 といって座り込んでしまった。
 父親のおおひとは驚いて、
『すぐそこの海まで行きゃあ、好きなだけ魚が泳ぎよるけえ、もうちっと元気出せ』
 と、なだめすかしたが、娘はもう、テコでも動かなかった。やむなく、おおひとは、すぐ近くの浜辺でタコ、サザエ、エビ、イサキなどの海の幸を手掴みで採っては娘に食べさせた。

 だから、娘がへたばって尻もちをついた浜辺を『江尻』といい、南風泊から西山へかけての海辺には、『タコ岩』『サザエの瀬』『エビタ』『イサンダ』などという地名が残った。

 たらふく食べて、ようやく元気になった娘は『ヨイショ』と立ち上がり、そばにあった石に足をかけ『ヤッ』と玄界灘めがけて旅立って行った。
 父親のおおひとは大慌てで海に入り波をヒザでかき分けて娘のあとを追うたが、その時の波音があまりにも大きかったので、響灘と呼ばれるようになったという。


富田義弘著「平家最後の砦 ひこしま昔ばなし」より

(注)
西山の波高バス停の近くに『明神』と呼ばれる祠がある。そのそばに『こびんおおひと』の足跡だと伝えられる石が残っている。
『おおひと』の地名としては、本村のほかに、西山フイキンの浜が『大人崎』で、田の首の生板の瀬に『大人岩』があり、弟子待には、『大人足跡砲台』か゜実存していたことが、『白石家文書』に記されている。
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Posted on 2018/02/05 Mon. 13:04 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

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男子部鉄筋校舎 

早鞆百年史より
男子部鉄筋校舎(昭和34年)
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Posted on 2018/02/05 Mon. 13:03 [edit]

category: 早鞆高校

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05

女子部鉄筋校舎 

早鞆百年史より
女子部鉄筋校舎(昭和42年)
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Posted on 2018/02/05 Mon. 13:01 [edit]

category: 早鞆高校

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載帽式 

早鞆百年史より
載帽式
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Posted on 2018/02/05 Mon. 12:59 [edit]

category: 早鞆高校

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岸首相贈呈扁額 

早鞆百年史より
岸首相贈呈扁額
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Posted on 2018/02/05 Mon. 12:57 [edit]

category: 早鞆高校

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