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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

基地を取り巻いていた塀 

ああ回天写真集より
基地を取り巻いていた塀
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Posted on 2018/01/31 Wed. 12:01 [edit]

category: 回天

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地獄の石段 

ああ回天写真集より
地獄の石段
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Posted on 2018/01/31 Wed. 11:59 [edit]

category: 回天

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門柱 

ああ回天写真集より
門柱
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Posted on 2018/01/31 Wed. 11:58 [edit]

category: 回天

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点火試験場 

ああ回天写真集より
点火試験場
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Posted on 2018/01/31 Wed. 11:57 [edit]

category: 回天

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危険物貯蔵庫 

ああ回天写真集より
危険物貯蔵庫
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Posted on 2018/01/31 Wed. 11:55 [edit]

category: 回天

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発電所 

ああ回天写真集より
発電所
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Posted on 2018/01/31 Wed. 11:54 [edit]

category: 回天

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急な石段を登る【福浦金刀比羅宮】 

急な石段を登る【福浦金刀比羅宮】


指呼の間に望む北九州。
海峡を東へ、西へとよぎる船は、初夏の光を浴びて純白の航跡を描く、ここ福浦金刀比羅宮からのながめです。

数年前に福浦と荒田を結ぶ海岸道路が開通し、彦島西部地域の道路網が整備されました。
「この道が開通するまでは、彦島緑町を大まわりしなければ行けませんでしたから、随分便利になりました」と、地元の方はよろこんでいます。

海岸道路の取り付け部分、福浦湾の入口、湾と海峡をながめる位置に福浦金刀比羅宮があります。
鳥居から見上げる石段は、天に至るかのように真っすぐ伸び。繁茂する木々のトンネルを抜けたところに、上の鳥居があります。

石段を一気に駆け登ろうとしたものの中ほどでダウン。
胸の動悸を静めるのに数分かかりました。

ここ福浦金刀比羅宮は、吉田松陰が18歳のときに、藩命によって台場視察のため、北浦、下関をめぐったときに立ち寄ったことが「廻浦紀略」に記されているほか、幕末に「都落ち」した七卿のうち五卿が参拝したこともあります。

外国から運ばれてくる材木の荷役作業がみられる福浦港、古い街のたたずまいをとどめる家並みなど、新旧おりなす金刀比羅宮のあたり福浦は、風情に富んだ地でもあります。


下関市教育委員会編「わがふるさと見て歩き」昭和58年発行
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Posted on 2018/01/31 Wed. 11:51 [edit]

category: わがふるさと見て歩き

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木暮実千代 

保存版「ふるさと下関」より
広津藤吉と木暮実千代(昭和20年代)
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Posted on 2018/01/31 Wed. 11:50 [edit]

category: 保存版「ふるさと下関」

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マラソン大会 

保存版「ふるさと下関」より
マラソン大会 豊田(昭和34年)
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Posted on 2018/01/31 Wed. 11:48 [edit]

category: 保存版「ふるさと下関」

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相撲大会 

保存版「ふるさと下関」より
相撲大会 菊川(昭和50年)
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Posted on 2018/01/31 Wed. 11:46 [edit]

category: 保存版「ふるさと下関」

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厳島神社 

保存版「ふるさと下関」より
厳島神社剣舞(昭和13年)
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Posted on 2018/01/31 Wed. 11:44 [edit]

category: 保存版「ふるさと下関」

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保育園 

保存版「ふるさと下関」より
保育園 豊田(昭和30年代)
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Posted on 2018/01/31 Wed. 11:42 [edit]

category: 保存版「ふるさと下関」

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身投げ岩 

身投げ岩


 大阪の豪商の一人娘、お米は評判の美人でした。お米には、行く末をちぎった男が居ましたが、ある日、男は他に恋人をつくり、手に手をとって大阪を逃げてしまいました。
 それを聞いたお米は親の止めるのも聞かず男のあとを追って家を飛び出しました。そして、諸国を尋ね歩いた末、彦島にやって来ましたが、求める姿はどこにも見当たりませんでした。

 心身共に疲れ果てたお米は、小戸の大岩に腰をかけて、逆巻く小瀬戸の潮を見つめていましたが、思いあまって、そこから身を投じてしまいました。

 その後、どこかでお米の噂を伝え聞いた若者が彦島を尋ねてきて、お米の最期をことこまかく聞き歩きました。そのあげく、自分の前非を悔いたのか、ある日、同じ岩の上から身を投げてお米のあとを追いました。


 それ以来、七日毎の命日の夜には、大きな青い火が二つ、小戸の空を追いつ追われつ飛んでは海に落ちて消えるようになりました。

そこで、島びとは西楽寺の和尚にお願いして読経して貰ったところ、その夜から二つの火は見られなくなりました。


 島びとは二人の供養のため、岩の上に石塔を建てて、いつまでも花を絶やさなかったと伝えられています。


富田義弘著「平家最後の砦 ひこしま昔ばなし」より
(注)
お米は『発狂して』身を投げたという説もある。
この話には西楽寺住職が出て来るので、前項の『身投げ石』よりも、かなり新しい年代のことであろう。
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Posted on 2018/01/31 Wed. 11:38 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

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金銀とうふ 

聞き書山口の食事より
金銀とうふ 萩
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Posted on 2018/01/31 Wed. 11:29 [edit]

category: 山口の食事

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はんぺん 

聞き書山口の食事より
はんぺん 萩
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Posted on 2018/01/31 Wed. 11:27 [edit]

category: 山口の食事

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