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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

王江浦 

萩・長門の100年より
王江浦天狗拍子(昭和40年)
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Posted on 2017/08/11 Fri. 10:35 [edit]

category: 萩・長門の100年

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猿緒打ち 

萩・長門の100年より
猿緒打ち(昭和51年)
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Posted on 2017/08/11 Fri. 10:32 [edit]

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餅つき 

萩・長門の100年より
餅つき(昭和40年)
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Posted on 2017/08/11 Fri. 10:28 [edit]

category: 萩・長門の100年

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下関の地名9 武者田 

六人武者


 壇ノ浦の合戦で平家が滅び、そして何年かたったころの話です。

 彦島の対岸、小門の王城山に中島四郎太夫正則という悪者が住んでいました。
 もともと平家一門であった四郎太夫は、一門再興を願っていましたが、いつのまにか、その望みもなくなり、とうとう海賊に身をやつしてしまったのです。

 ある寒い冬のことです。

 四郎太夫は、息子とその家来四人をつれて竹ノ子島を襲い、略奪のかぎりをつくしました。その上陸地は今でも『六人武者の江良』と呼ばれ、竹ノ子島は古く『鬼ヶ島』と呼ばれたものでした。
 六人武者は彦島へも足を伸ばし、あちこちで悪事を働きました。西山の『波高』という地名は、住民の殆どが裸にされてしまったからで、『渡瀬』は『有り金ぜんぶ渡せ』とおどされた所からきているといいます。
 また、迫の『荒田』は、住民をここに集めて財産の有無をあらためた所で、その隣の『絞』は、何もかも絞り取られた人びとの集落となった地名だということです。


 やがて、四郎太夫ら六人の海賊は、彦島だけでは飽きたらず、九州にまで勢力を伸ばしはじめました。そこで豊前の人びとが海賊征伐に立ち上がり、兵百五十人と船六十三隻が福浦の海に集結しました。

 福浦には今でも『六十三隻江良』という磯が残っており、対岸の塩浜には『海賊島』や『海賊泊り』も現存しています。
 その時、豊前の兵は、南風泊の漁師たちに海賊の様子を訊ね歩きましたが、どの漁師も後難を恐れて『聞かぬ』『聞かぬ』と首を振るばかりでした。南風泊の沖には、今でも『きかんが藻』という岩礁があります。

 いよいよ海賊征伐の火ぶたは切られましたが、四郎太夫たちは、さまざまな奇襲戦法を用いて、それに抵抗しました。
 しかし、百五十人対六人では殆ど戦にならず、四郎太夫と息子は一目散に伊崎の山へ逃げてしまいました。

 それでも、あとに残された四人の家来、つまり、鶴五郎、仁蔵、雁次、市太郎らは、最期まで勇敢に闘って死にました。
 今、彦島に残っている『仁蔵の江良』『鶴の江良』『雁谷迫堤』『太郎ヶ鼻の瀬』などの地名は、彼らが討ち死にした場所だということです。


 戦いすんで日は暮れて、豊前の兵は意気揚々と引きあげて行きましたが、島びとたちは斬り殺された四人の海賊の首を一箇所に集めて田の中に埋め、手あつく供養しました。その地を今でも『田の首』と呼んでいます。

 島の人びとにとっては、それはそれは憎い海賊たちではありましたが、四郎太夫父子の逃走後も、なお、勇敢に闘って死んだ四人への哀れみから、六人武者にまつわる地名があちこちに付けられたのだといわれています。
 そして人びとは四人の武者が最期にたてこもっていた場所を『武者田(むしゃだ)』と名付けました。


富田義弘著「平家最後の砦 ひこしま昔ばなし」より

(注)
この話には、ずいぶん多くの地名が出て来る。中でも『六十三隻江良』には、この他に諸説がある。
その一つは弘安四年(1281年)のことだ。元軍十四万の兵と軍船四千四百隻の襲来にそなえ、日本海沿岸はすべて防塁を築いたが、その際、彦島にも小福浦に六十三隻の船を集結させて待機したという。
その二は、永享二年(1430年)のこと、筑前の秋月三郎雅春、原田二郎信朝ら二万八千騎が火ノ山城を攻撃した時、大内氏は、小福浦に船六十三隻を集結させたというのである。

また『雁次』が死んで『雁谷迫』になったという話も、合点がゆかないが、これなどは、永年の間に転化していったものであろうか。

『武者田』は往古は『毘沙田』と書き、毘沙門天が祀られてあったといわれている。
その後、平知盛がこの島に城を築いたので『武士田』となったという。『武士田』が『武者田』に変わったいきさつには、次の説がある。
むかし平家の落武者が、その名を明かさず、武士田の奧で山を伐り開き農耕に励んでいたが、嫁も迎えなかった為、一代で絶えてしまった。そこで、人びとはその死を悲しみ、武士田の峠近くにその死体を埋めて、手厚く葬り、地名を『武者田』と改めた。
というのである。因みに彦島警察署の小字は『虫田』である。
ところで、落武者を埋めたと伝えられる場所は、その後、福浦、長崎、荒田地区の埋葬地となり、大正以降には、火葬場が作られた。しかし、今では、そのあとかたもなく、ただ『焼けあがり』という呼称だけが残されている。

なお、赤間神宮の先帝祭では、上ろう道中の先頭に立って参拝する特権を持っている中島家の祖先と伝えられる四郎太夫が、彦島では、悪者扱いにされていて、そのため、伊崎と海士郷、南風泊の漁師は、昔から仲が悪かったということである。
六人武者のうち、四郎太夫父子が四人の家来を残して逃走したというくだりに、彼らの憎しみが感じられてならない。
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Posted on 2017/08/11 Fri. 10:24 [edit]

category: 下関の地名

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金子みすゞ 

萩・長門の100年より
金子みすゞ
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Posted on 2017/08/11 Fri. 10:23 [edit]

category: 萩・長門の100年

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氏原大作 

萩・長門の100年より
氏原大作
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Posted on 2017/08/11 Fri. 10:22 [edit]

category: 萩・長門の100年

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児玉花外 

萩・長門の100年より
児玉花外
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Posted on 2017/08/11 Fri. 10:19 [edit]

category: 萩・長門の100年

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横山健堂 

萩・長門の100年より
横山健堂
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Posted on 2017/08/11 Fri. 10:17 [edit]

category: 萩・長門の100年

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井上剣花坊 

萩・長門の100年より
井上剣花坊
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Posted on 2017/08/11 Fri. 10:16 [edit]

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斯波四郎 

萩・長門の100年より
斯波四郎
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Posted on 2017/08/11 Fri. 10:14 [edit]

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高瀬小学校 

萩・長門の100年より
高瀬小学校(昭和46年)
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Posted on 2017/08/11 Fri. 10:07 [edit]

category: 萩・長門の100年

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綾羅木海水浴場 

「しものせきなつかしの写真集」下関市史別巻より
綾羅木海水浴場(昭和40年)
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Posted on 2017/08/11 Fri. 10:05 [edit]

category: なつかしの写真集

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火の山 

「しものせきなつかしの写真集」下関市史別巻より
火の山(昭和30年代)
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Posted on 2017/08/11 Fri. 10:02 [edit]

category: なつかしの写真集

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「しものせきなつかしの写真集」下関市史別巻より 

「しものせきなつかしの写真集」下関市史別巻より
下関水族館(昭和30年代)
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Posted on 2017/08/11 Fri. 10:00 [edit]

category: なつかしの写真集

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下関の方言 ほ…の部 

下関の方言 ほ…の部

ほたえる
 ふざけて騒ぐ。

ほたに
 大根や人参の丸煮。
 ぐつぐつ煮詰めること。

ほたるぐさ
 ツユクサ。

ほっかり
 落胆。気落ち。
 安心。安堵。

ほとくら
 懐。

ほとばかす
 ほとびらせる。

ほとぶる
 ふやける。

ほとほり
 世間の好奇な目。関心。

ほねがましい
 小骨の多い魚。
 理屈の多い人。

ほねなし
 信念のない人。

ぼぼ
 女性性器。
 性交。

ほめく
 ほてる。熱がある。

ほやけ
 皮膚にできる赤や黒の斑点。

ほり
 庭園の池。

ほりきり
 掘割。


冨田義弘著「下関の方言」赤間関書房刊より
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Posted on 2017/08/11 Fri. 09:57 [edit]

category: 下関弁辞典

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