03 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 05

彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

川棚温泉下湯 

目で見る下関・豊浦の100年より
川棚温泉下湯
IMG_8252_20170409114147eda.jpg
関連記事

Posted on 2017/04/09 Sun. 11:41 [edit]

category: 下関・豊浦の100年

TB: --    CM: 0

09

川棚温泉 

目で見る下関・豊浦の100年より
川棚温泉(昭和初期)
IMG_8251_20170409113926317.jpg
関連記事

Posted on 2017/04/09 Sun. 11:39 [edit]

category: 下関・豊浦の100年

TB: --    CM: 0

09

矢玉浦 

目で見る下関・豊浦の100年より
矢玉浦
IMG_8250_20170409113708fca.jpg
関連記事

Posted on 2017/04/09 Sun. 11:37 [edit]

category: 下関・豊浦の100年

TB: --    CM: 0

09

清末村すいか出荷 

目で見る下関・豊浦の100年より
清末村すいか出荷(昭和10年)
IMG_8249_20170409113501ed5.jpg
関連記事

Posted on 2017/04/09 Sun. 11:35 [edit]

category: 下関・豊浦の100年

TB: --    CM: 0

09

若島座ハワイ巡業 

目で見る下関・豊浦の100年より
若島座ハワイ巡業(昭和5年)
IMG_8248_201704091132351e1.jpg
関連記事

Posted on 2017/04/09 Sun. 11:32 [edit]

category: 下関・豊浦の100年

TB: --    CM: 0

09

豊関ことばについて 12 

豊関ことばについて 12

だから、方言は閉鎖的でありながら、その使われる土地によっては実に開放的で流動性の一面も持っている。

他国との交流の激しかった下関では、前述の諸国の言葉を享受し、その見返りとして下関弁を放出した。
そして、言葉の交流はすなわち文化の交流につながり、民族意識の壁を取り除いていったに違いない。

つまり、方言は、地方文化育成の担い手であり、その土着民の誇りとともに生き続けてきたのであった。
それが、いつの頃からか、都会に出て行く者にとっての劣等意識となり、マスコミなどの影響を受けて、急速に消滅し始めたのである。

国語の乱れが云々される今、方言の見直しも、真剣に取り組む時期に到達していると言えよう。


冨田義弘著「下関の方言」赤間関書房刊より
関連記事

Posted on 2017/04/09 Sun. 11:03 [edit]

category: 下関弁辞典

TB: --    CM: 0

09

かっぱ石 

「ふるさと下関」の自然 より
かっぱ石
IMG_2022_201704091102011db.jpg
関連記事

Posted on 2017/04/09 Sun. 11:02 [edit]

category: 「ふるさと下関」

TB: --    CM: 0

09

砂子多川 

「ふるさと下関」の自然 より
砂子多川
IMG_2021_20170409110011784.jpg
関連記事

Posted on 2017/04/09 Sun. 11:00 [edit]

category: 「ふるさと下関」

TB: --    CM: 0

09

綾羅木川 

「ふるさと下関」の自然 より
綾羅木川
IMG_2020_20170409105750bed.jpg
関連記事

Posted on 2017/04/09 Sun. 10:57 [edit]

category: 「ふるさと下関」

TB: --    CM: 0

09

木屋川 

「ふるさと下関」の自然 より
木屋川
IMG_2019_20170409105604f22.jpg
関連記事

Posted on 2017/04/09 Sun. 10:56 [edit]

category: 「ふるさと下関」

TB: --    CM: 0

09

火の山 

「ふるさと下関」の自然 より
火の山
IMG_2018_20170409105417bca.jpg
関連記事

Posted on 2017/04/09 Sun. 10:54 [edit]

category: 「ふるさと下関」

TB: --    CM: 0

09

豊関ことばについて 11 

豊関ことばについて 11

もっとも、方言とは、その土地、あるいは、その地方に伝わる日常語であっても、地域的な感覚を抜け出て、広く共通する面も持っているようである。

そのような言葉も探せばかなりあるようだが、例えば下関近郊では、下水や溝のことを「ゴートロ」と言う。
東北地方や信州をなどに旅すれば、「川渡」と書いて「ゴート」とか「カード」と読ませる土地が多い。
これらの土地は川の淀みや、二つの川の出合いを抱えているという共通性があって、大きな川を持たない下関では下水や溝がこれに相当する。

だから「ゴートロ」とは「川瀞」と書けば実にふさわしく、その「瀞」というのは。滝に落ちんとしてたたえた静かな水の状態であってみれば、下水を呼ぶになかなか言い得て妙である。

これらの地域を離れた言葉は、北陸、山陰、壱岐、対馬に共通するものが多い。
それは、やはり下関という土地柄、つまり北前船の寄港地であったことと、長州と対州の密接な関係によるもなどが考えられる。


冨田義弘著「下関の方言」赤間関書房刊より
関連記事

Posted on 2017/04/09 Sun. 10:52 [edit]

category: 下関弁辞典

TB: --    CM: 0

09

豊関ことばについて 10 

豊関ことばについて 10

その四 方言の良さ

標準語と方言を比較した場合、言語的に優れているのは「方言」だという。
勿論、方言には言文一致という利点は無いが、土の匂いのするお国ことばには、地方文化を育成し指導してきた誇りが感じられる。
つまり、歴史の古さによる体温である。

言語というものは、その使いこなされた歴史の古さによって、意味するものが複雑化してくる。
だから、一つの言葉であっても、五つも六つも違った意味に使い分けられ、解説なしで通じる便利さがある。
それは標準語にも言えることだが、方言には、あたたかさ、やさしさ、いたわりが加わる。
やはり、言葉としての古さが、連結発音を作り出しているのであろう。

明治以降の軍隊用語は、陸軍が長州言葉で、海軍が薩摩言葉を基調としたものであった。
それはいささか殺伐としていて、ギクシャクした感じが無いでもなかったが、第二次世界大戦の頃には、実に調子よく軍人言葉らしい雰囲気を醸し出していた。
恐らく、長州と薩摩の言葉の古さからくる感じ方であったに違いない。


冨田義弘著「下関の方言」赤間関書房刊より
関連記事

Posted on 2017/04/09 Sun. 10:50 [edit]

category: 下関弁辞典

TB: --    CM: 0

09

彦島のけしき《江の浦》 

hj4w4.jpg

hj4w5.jpg

hj4w9.jpg

関連記事

Posted on 2017/04/09 Sun. 10:49 [edit]

category: 彦島のけしき3

TB: --    CM: 0

09

関釜連絡船桟橋 

関門海峡渡船史 澤忠宏著より
関釜連絡船桟橋(昭和14年)
IMG_1042_201704091044434ab.jpg
関連記事

Posted on 2017/04/09 Sun. 10:44 [edit]

category: 関門海峡渡船史

TB: --    CM: 0

09