彦島のけしき
山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…
川茂の太郎杉
川茂の太郎杉
むかし、赤泊村川茂(あかどまりむらかわも)の五所神社(ごしょじんじゃ)の山手の大杉山(おおすぎやま)に、太郎杉という大きな木があった。
十数人でかかえるほどもある大きなみきは、八方にえだを広げ、うっそうたる葉をしげらせておった。森の木をつきぬけて高くそびえる太郎杉は、村のどこからもながめられた。
そのころ、大杉山のすぐふもとの権四郎(ごんしろう)の家に、十五六の気だてのいいむすめがおった。
むすめは毎日子守りをしておった。せなかに負われたおさな子はよく泣いた。赤子が泣くたびに、むすめはでんでんだいこを鳴らしてあやした。
そんなむすめのすがたを、森のしげみの中から、じっと見ているわか者がおった。
ある日、むすめは、しげみの中から自分を見ている男の気配を感じておどろいた。わか者は気はずかしそうに出て来て言った。
「おれ、太郎だっちゃ。おぼえかして悪かったが、太郎杉のせいの太郎だっちゃ。高い所からいつもお前を見ておったけも、いつの間にかお前を好きになってしもうたんだ。お前に会いとうてだちかんもんし、出て来たんだっちゃ」
わか者は、心の思いを打ち明けた。
むすめは、最初あっけに取られたけど、男ぶりのいいりりしげなわか者だったので、あんまり悪い気はしなかった。二人はとりとめもないような話をしていても、けっこう楽しかった。
その後も、むすめが子守りをしながら山道を歩くと、わか者はすがたをあらわした。むすめの方もそれをだんだん期待するようになり、やがて二人はひそかにおうせを楽しむ仲となった。
ある日、村の中に高札が立った。
「大変だ。太郎杉を切れというお達しだ」
「何でぶぎょう所が、そんなおふれを出すのんや」
「越後(えちご)のとの様が、城(しろ)ぶしんに欲しいと、太郎杉を名指しで注文したんだと」
「手伝った者には、ほうびをたんとくれるんだとさ」
「太郎杉は、神様のやどる神木(しんぼく)だから、むかしから切ってならんことになっとるのんに」
「村ができたときから、ずっと村を見守ってきて、村のことなら何から何まで知っとる木なのに」
「おれは反対だ。切るのはぜったい反対だ。太郎杉はおらが村のたからなんだ」
「そうかと言うて、ぶぎょう所にたてつけば、ろう屋につながれるか、打ち首だ」
「ほんにこまったことになったもんだ」
むすめは、夜家をぬけ出し、太郎杉の所へ行った。太郎はすでにそのことを知っておった。
「おれはもうためだ。近いうちに必ず切られる。お前と会えるのはもういく日もない」
わか者はむすめをしっかりだきしめた。
「お願い。にげて、今のうちに」
「だめだ。おれは、ウサギやムジナのようににげることができんのだ。そのかわり、切られてもぜったい動かん。そしたら役人もこまって、お前に助けを求めて来るはずだ。その時、お前はおれの上に乗って合図をしてくれ。おれはお前の言うことだけは聞く」
いよいよ、太郎杉の切られる日がきた。
ひとばんじゅう太郎杉にだきついて泣いていたむすめは言った。
「らんぼうな切り方をしないで。太郎はいたいと血のなみだを流すから」
みきが大きいからえだも太い。
えだ下ろし作業が始まると、
かーかーからすや山鳥が、
巣をこわすなとさわぎ出す。
巣にはかわいい子がいるんだぞ。
みきにまさかりを入れると、赤い血が流れ出てきた。
「こりゃ、一体、どういうこった。木が血を流すとは」
「権四郎のむすめの言うたとおりだ」
血は、いくらふいてもふいても止らない。
「やっぱり神木を切ったたたりじゃねえか」
「おい、だれか、権四郎のむすめをよんで来いや」
むすめは、太郎がきられる悲しみのあまり、熱を出してとこについておったが、知らせを聞くと、がばっと起きて走って来た。
むすめがやさしく太郎のなみだをふくと、血はぴたりと止まった。
やれやれ、やっと血が止まってよかった。
こんどは、静かにゆっくり切らんか。
そんなにゆっくり切ったんじゃ、何日かかったら終わるやら。
根もとは切ったのに、大木はでーんとねまって、動こうとしない。
「太郎はたおれるのをいやがって、引くとそり返ってだちかん」
「向こうへたおれたら、あとが大変だぞ」
「やっぱり権四郎のむすめに助けてもらわんか」
むすめはよばれてやって来た。
「太郎や、こっちにたおれておくれ」
むすめがでんでんだいこを鳴らすと、それに合わせて村人はつなを引いた。
ドドド・・・・バリバリ・・・・バリバリバリ・・・・ザザザ・・・・ザザ・・・・ザ・・・・ドスーン
年輪を数えてみれば二千年
かぶにむしろ八まいしいて
木こりこりこり輪づくって
飲めや歌えやまいおどれ
めでためでたの大ふるまい
あんまり長くちゃ運べんから、
長のこ入れてザークザク。
朝からばんまでザークザク。
二日も三日もザークザク。
うではだるいし腹もへる。
ここらで一ぷく、たばこにせんか。
村人みんな集まって、
牛も馬も連れて来て、
そら引け、どっこいしょ。
えんやこら、どっこいしょ。
玉あせぼろぼろ出るけれど、
どうしたことか、びくともせん。
やっぱり権四郎のむすめにたのまんか。
「わたしがたいこを鳴らしたら、みんなで一気に引いとくれ」
そう言って、むすめは、
「行ーけ行け太郎」
とさけんで、でんでんだいこを鳴らした。
「そーら来い太郎」
と、村人が一気に引くと、大木はちょっと動いた。
「動いたぞ! 太郎が動いたぞ」
「行ーけ行け太郎」 でんでん
「そーら来い太郎」
「行ーけ行け太郎」 でんでん
「そーら来い太郎」
太郎杉は、少しずつ坂道を登っていく。
六月坂(ろくがつさか)を登りつめ
戦道峠(たたかいどうとうげ)をこえたれば
徳和(とくわ)の道は下り坂
ころ太(た)ごろごろ転がって
あんまりすべるとあぶないぞ
禅達(ぜんたつ)ムジナも手をかせえ
浦津(うらづ)の海が見えてきた。
いく日もかかって、やっと大木は浦津のはまにせいぞろい。越後からはかこたちが大ぜい、引き船に乗ってやって来た。
太郎を見送る村人が、後から後からやって来る。
「やませ風が出たぞ! ほをあげろ」
ほは風をはらんで、船だんは海に乗り出した。
さらば太郎よ別れはつらい。
つらいがお前は村じまん。
みごとお役目はたしておくれ。
おらちはお前の子をふやす。
それから毎年村人は、
山に太郎の子を植えた。
下ばり、えだ打ち、すかし切り、
あせ水流して木を育て、
緑ゆたかな村にした。
協力/あかどまり民話かたり部 あかどまり演劇研究会会員・金子 勝雄(敬称略)
むかし、赤泊村川茂(あかどまりむらかわも)の五所神社(ごしょじんじゃ)の山手の大杉山(おおすぎやま)に、太郎杉という大きな木があった。
十数人でかかえるほどもある大きなみきは、八方にえだを広げ、うっそうたる葉をしげらせておった。森の木をつきぬけて高くそびえる太郎杉は、村のどこからもながめられた。
そのころ、大杉山のすぐふもとの権四郎(ごんしろう)の家に、十五六の気だてのいいむすめがおった。
むすめは毎日子守りをしておった。せなかに負われたおさな子はよく泣いた。赤子が泣くたびに、むすめはでんでんだいこを鳴らしてあやした。
そんなむすめのすがたを、森のしげみの中から、じっと見ているわか者がおった。
ある日、むすめは、しげみの中から自分を見ている男の気配を感じておどろいた。わか者は気はずかしそうに出て来て言った。
「おれ、太郎だっちゃ。おぼえかして悪かったが、太郎杉のせいの太郎だっちゃ。高い所からいつもお前を見ておったけも、いつの間にかお前を好きになってしもうたんだ。お前に会いとうてだちかんもんし、出て来たんだっちゃ」
わか者は、心の思いを打ち明けた。
むすめは、最初あっけに取られたけど、男ぶりのいいりりしげなわか者だったので、あんまり悪い気はしなかった。二人はとりとめもないような話をしていても、けっこう楽しかった。
その後も、むすめが子守りをしながら山道を歩くと、わか者はすがたをあらわした。むすめの方もそれをだんだん期待するようになり、やがて二人はひそかにおうせを楽しむ仲となった。
ある日、村の中に高札が立った。
「大変だ。太郎杉を切れというお達しだ」
「何でぶぎょう所が、そんなおふれを出すのんや」
「越後(えちご)のとの様が、城(しろ)ぶしんに欲しいと、太郎杉を名指しで注文したんだと」
「手伝った者には、ほうびをたんとくれるんだとさ」
「太郎杉は、神様のやどる神木(しんぼく)だから、むかしから切ってならんことになっとるのんに」
「村ができたときから、ずっと村を見守ってきて、村のことなら何から何まで知っとる木なのに」
「おれは反対だ。切るのはぜったい反対だ。太郎杉はおらが村のたからなんだ」
「そうかと言うて、ぶぎょう所にたてつけば、ろう屋につながれるか、打ち首だ」
「ほんにこまったことになったもんだ」
むすめは、夜家をぬけ出し、太郎杉の所へ行った。太郎はすでにそのことを知っておった。
「おれはもうためだ。近いうちに必ず切られる。お前と会えるのはもういく日もない」
わか者はむすめをしっかりだきしめた。
「お願い。にげて、今のうちに」
「だめだ。おれは、ウサギやムジナのようににげることができんのだ。そのかわり、切られてもぜったい動かん。そしたら役人もこまって、お前に助けを求めて来るはずだ。その時、お前はおれの上に乗って合図をしてくれ。おれはお前の言うことだけは聞く」
いよいよ、太郎杉の切られる日がきた。
ひとばんじゅう太郎杉にだきついて泣いていたむすめは言った。
「らんぼうな切り方をしないで。太郎はいたいと血のなみだを流すから」
みきが大きいからえだも太い。
えだ下ろし作業が始まると、
かーかーからすや山鳥が、
巣をこわすなとさわぎ出す。
巣にはかわいい子がいるんだぞ。
みきにまさかりを入れると、赤い血が流れ出てきた。
「こりゃ、一体、どういうこった。木が血を流すとは」
「権四郎のむすめの言うたとおりだ」
血は、いくらふいてもふいても止らない。
「やっぱり神木を切ったたたりじゃねえか」
「おい、だれか、権四郎のむすめをよんで来いや」
むすめは、太郎がきられる悲しみのあまり、熱を出してとこについておったが、知らせを聞くと、がばっと起きて走って来た。
むすめがやさしく太郎のなみだをふくと、血はぴたりと止まった。
やれやれ、やっと血が止まってよかった。
こんどは、静かにゆっくり切らんか。
そんなにゆっくり切ったんじゃ、何日かかったら終わるやら。
根もとは切ったのに、大木はでーんとねまって、動こうとしない。
「太郎はたおれるのをいやがって、引くとそり返ってだちかん」
「向こうへたおれたら、あとが大変だぞ」
「やっぱり権四郎のむすめに助けてもらわんか」
むすめはよばれてやって来た。
「太郎や、こっちにたおれておくれ」
むすめがでんでんだいこを鳴らすと、それに合わせて村人はつなを引いた。
ドドド・・・・バリバリ・・・・バリバリバリ・・・・ザザザ・・・・ザザ・・・・ザ・・・・ドスーン
年輪を数えてみれば二千年
かぶにむしろ八まいしいて
木こりこりこり輪づくって
飲めや歌えやまいおどれ
めでためでたの大ふるまい
あんまり長くちゃ運べんから、
長のこ入れてザークザク。
朝からばんまでザークザク。
二日も三日もザークザク。
うではだるいし腹もへる。
ここらで一ぷく、たばこにせんか。
村人みんな集まって、
牛も馬も連れて来て、
そら引け、どっこいしょ。
えんやこら、どっこいしょ。
玉あせぼろぼろ出るけれど、
どうしたことか、びくともせん。
やっぱり権四郎のむすめにたのまんか。
「わたしがたいこを鳴らしたら、みんなで一気に引いとくれ」
そう言って、むすめは、
「行ーけ行け太郎」
とさけんで、でんでんだいこを鳴らした。
「そーら来い太郎」
と、村人が一気に引くと、大木はちょっと動いた。
「動いたぞ! 太郎が動いたぞ」
「行ーけ行け太郎」 でんでん
「そーら来い太郎」
「行ーけ行け太郎」 でんでん
「そーら来い太郎」
太郎杉は、少しずつ坂道を登っていく。
六月坂(ろくがつさか)を登りつめ
戦道峠(たたかいどうとうげ)をこえたれば
徳和(とくわ)の道は下り坂
ころ太(た)ごろごろ転がって
あんまりすべるとあぶないぞ
禅達(ぜんたつ)ムジナも手をかせえ
浦津(うらづ)の海が見えてきた。
いく日もかかって、やっと大木は浦津のはまにせいぞろい。越後からはかこたちが大ぜい、引き船に乗ってやって来た。
太郎を見送る村人が、後から後からやって来る。
「やませ風が出たぞ! ほをあげろ」
ほは風をはらんで、船だんは海に乗り出した。
さらば太郎よ別れはつらい。
つらいがお前は村じまん。
みごとお役目はたしておくれ。
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