07 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

農業者の団体組織と生産進歩の過程10 

農業者の団体組織と生産進歩の過程10


彦島農業組合が今日の隆盛をみているというのも、左様な農民の結集の成果であります。

この度創立十周年を迎えるにあたりまして、彦島農民の寄り場として計画された組合事務所は、昭和32年7月に着工し、33年2月15日に完成をみたのであります。
その間7ヶ月を要しましたが、できた建物は鉄筋コンクリート3階、延べ坪103余坪であります。
場所は彦島の玄関の、しかも関彦橋の入り口に堂々と建っております。

彦島にかくの如き立派な農業のセンターが設置できましたことは、農民の力強い支持があればこそで、私は感慨無量であります。
今度はこれを維持管理すると同時に、農民だけでなく一般社会の人々にも利用していただきたいと私どもは考えているのであります。

これをもちまして私の彦島の農業に関する話を終わりたいと存じます。


古老が語る郷土の今昔「ひこしま発展誌」より

Posted on 2019/03/05 Tue. 11:04 [edit]

category: ひこしま発展誌

TB: --    CM: 0

05

農業者の団体組織と生産進歩の過程9 

農業者の団体組織と生産進歩の過程9


「カンラン」のほかに彦島には「ハルナ」というもう一つの登録品種があります。
これは全国で唯一の登録品種であります。
「ハルナ」は冬野菜がなくなった後に出る野菜で、夏分利用されるので日本各地で賞用されている品種であります。
この種子も引っ張りだこであります。
したがっていくら採種しても足らない状況であります。
一般に種にいろいろ混じりものがありますが、彦島のこの二品種に限り精選された立派な種子でありますので、採種の時期は注文が殺到して困っているような状況であります。

農協ではこの二種類の採種を島内各地の農家に割り当て、統制をとりつつ品質の向上をはかっております。
市当局におきましても積極的に助成してくれております。

このように全国的に高い評価が得られたのも、農民の誠意ある努力の賜物であります。
また、ほかでは見ることのできない改良品種であるということは私たちの誇りでもあります。


古老が語る郷土の今昔「ひこしま発展誌」より

Posted on 2019/03/04 Mon. 11:39 [edit]

category: ひこしま発展誌

TB: --    CM: 0

04

農業者の団体組織と生産進歩の過程8 

農業者の団体組織と生産進歩の過程8


なお、私がとくに申し添えておきたいことは、彦島の「カンラン」であります。
これは無論先ほど申し上げました登録品種で、この種子からとれた「カンラン」は甘みが強くて非常に美味しいと好評を受けております。

彦島にいる方は、これをつねに食べていますから気がつきませんけれども、数年前に大阪に送ったところ特別な味があるということで、これが好評となって京都・神戸あるいは東京方面からも年々注文があり、生産が追いつかず注文に応じられないという残念な状態でありました。
なかには遠方からわざわざ出張してきて、何車でもよいから買いたいという問屋もありました。

このため組合としても早くから予約を受けるため、出荷組合を組織したのであります。
今までは三・四十車程度の出荷であったのが、今後はより以上の量を出荷しようということで、皆さん張り切っているようであります。

このような見地から「カンラン」の先行きは、作れば作るほど売れる特徴を持っており、私もこの点だけは誰はばかることなく大きなことが言えると考えております。


古老が語る郷土の今昔「ひこしま発展誌」より

Posted on 2019/03/03 Sun. 10:18 [edit]

category: ひこしま発展誌

TB: --    CM: 0

03

農業者の団体組織と生産進歩の過程7 

農業者の団体組織と生産進歩の過程7


戦後になってGHQの指令により昭和20年第一次農地改革、続いて翌21年に第二次農地改革が行われて、農地の一大革命が断行されたことにより、農業会も解散を命ぜられて昭和23年5月末までに解散することになったのであります。
この間に解散準備を行い、昭和23年6月1日をもって彦島は独立して新たに彦島農業協同組合を設立したのであります。
会員はその当時、正会員312人をもって新発足しました。
事務所は江向の890番地に置いて、理事9名・監事2名・運営委員12名を選任して、組合運営を開始したのであります。

分離独立の時、農業会の資産をそれぞれ分割しましたが、彦島は負債を背負っておったため、その負債の分け前をもらって発足したのであります。
そのように独立して現在で50年になります。

この農協はどういう事業をするかと言いますと、信用事業・購買事業・販売事業・畜産または農政と農民のお世話をし、ならびに指導をしておるのであります。
また、県も普及員を駐在せしめて、農政の指導にあたらせており、農業経営を中心に農民と一体不離の関係にあります。

今後も農民魂の続く限り、農協も農民も明るい未来があるものと思っております。
彦島の耕地はこれからも住宅・工場用地となって、商工業の発展に反比例して耕地は減少すると思われます。
このなかにあっても農民の健気な奮闘と和合の精神をもってすれば、隆々ととして生き得るという考えをもっている一人であります。

彦島農協の今日あるのは、先輩の皆さんの死闘の賜物であると私どもは感謝しております。
私どもは常に農民と不離一体の精神をもって、農協と運命を共にするという覚悟であります。


古老が語る郷土の今昔「ひこしま発展誌」より

Posted on 2019/03/02 Sat. 10:49 [edit]

category: ひこしま発展誌

TB: --    CM: 0

02

農業者の団体組織と生産進歩の過程6 

農業者の団体組織と生産進歩の過程6


彦島が工業地帯となり、人家が増加するため田畑が減少するのは、農民にとっては非常に寂しい感じはいたしますが、地元の発展のためやむを得ないので、集約農業に切り替えつつ農業生産をやっているのであります。
無論地理的にも都会地の付近でありますので、現在の年間生産量は野菜で百万貫を上回り、花卉は年間を通して市場に出荷できるようになっており意を強くしております。

農業者の団体組織としましては、明治・大正・昭和と三代にわたり農民の拠り所となっておった農業会を忘れてはなりません。
この農業会は行政機関が、村役場あるいは町役場の中に事務所を置いて農業技術員をして指導させたのであります。
この指導員の指導を受けて彦島の農業も発展してきたのであります。

昭和8年3月、下関市と彦島町が合併することになりましたが、下関にはこの農業会がなかったのであります。
したがって彦島の農業会そのものが下関の農業会になったので、彦島の方からその時の会長・副会長が出ておったのであります。
そのうち下関市も次々に近接の町村を合併したため。農業会の規模が大きくなってきました。
ところが彦島はご承知の通り工業化が進み、農業の割合が少なくなってきましたまで、ついに彦島の農業会は幡生と一緒になったのであります。
そして、戦争中は幡生農業会の支所となって僅かに生きておったのであります。
その時の役員も彦島から理事が一人か二人しか出ない惨めな有様でありました。


古老が語る郷土の今昔「ひこしま発展誌」より

Posted on 2019/03/01 Fri. 11:15 [edit]

category: ひこしま発展誌

TB: --    CM: 0

01