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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

下関観光検定027 

【質問】

豊浦町小串夢ケ丘が自生南限地帯として、国指定天然記念物になっている植物は何でしょう。


【答え】

エヒメアヤメ

【解説】

エヒメアヤメはあやめ科多年生草木で、タレコエ草とも呼ばれています。
日本列島がアジア大陸と陸続きであったことを証明する植物学上の重要な資料です。
西日本、四国、九州の6ヶ所がエヒメアヤメ自生南限地帯として、天然記念物に指定されています。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2017/06/28 Wed. 10:53 [edit]

category: 下関観光検定

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28

下関観光検定026 

【質問】

俵山を源流とし豊田町、菊川町を通って吉田に流れ出る木屋川の名前は、どのようにして付けられたのでしょうか。

【答え】

河口に近い所に木屋という船着場があったから。

【解説】

木屋川は、古くは豊田川、豊浦川といわれていました。
河口に近い所に「木屋」という船着場があり、古い記録に「木屋の河口まで」とあり、これをいつりまにか「木屋川口まで」というようになり、江戸時代後期に木屋川通船が開通してからは「木屋川」が全線の川の名前になりました。
ところによっては吉田川とも呼んでいますが、現在は木屋川に統一されています。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2017/06/27 Tue. 09:28 [edit]

category: 下関観光検定

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27

下関観光検定025 

【問題】

環境省選定の「残したい日本の音風景百選」に選ばれている関門海峡の音は「関門海峡の潮騒と○○」です。
さて、この○○はなんでしょうか。

【答え】

汽笛

【解説】

関門海峡は本州の西端の下関市と九州東北端の北九州市門司区に挟まれた海峡で、瀬戸内海と日本海を結ぶ、海上交通の要衝。
昔から早鞆の瀬戸といわれた関門橋のあたりは、幅約600メートル、瀬戸内海と日本海の干満の差によって潮流は激変し、特に潮流の激しいところでは時速20キロにもなります。
その海峡を一日大小600隻あまりの船が行き交い、激しい潮流の音の中で聞こえる汽笛との交錯は、まさに海峡の音色そのものといえます。
環境省選定の「残したい日本の音風景百選」に「関門海峡の潮騒と汽笛」として選ばれています。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2017/06/26 Mon. 09:33 [edit]

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下関観光検定024 

【質問】

下関漁港と関門海峡を結ぶ瀬戸は、日本海と瀬戸内海の干満差によって生じる激しい潮流でした。
これを抑制し、漁港の安全性を確保するため戦前に建設されたのが、下関漁港閘門です。
この閘門の通過方法はどこの運河と同じでしょうか。

【答え】

パナマ運河

【解説】

下関漁港と関門海峡を結ぶ瀬戸は、日本海と瀬戸内海の干満差によって生じる激しい潮流でした。
これを抑制し、漁港の安全性を確保するため戦前に建設されたのが、下関漁港閘門です。
昭和13年に引き戸式の閘門が完成、両扉を同時に開いて海水を入れ替えることができないので、漁港は極度に汚濁。
この浄化対策として昭和35年改良しました。
昭和58年から全面改修をおこない、昭和61年に完成したものが現在の閘門です。
こま閘門の通過方法は、規模の大小はあるもののパナマ運河と同じです。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2017/06/24 Sat. 11:25 [edit]

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下関観光検定023 

【質問】

巌流島には動物が生息しています。
島に渡ると歩いている姿を見かけることがありますが、その生き物とは何でしょう。

【答え】

タヌキ

【解説】

以前は人も住んでいたこともある巌流島ですが、今は無人となっています。
しかし今住んでいるのはタヌキ。
近くの彦島から泳いでわたってきたという話もあります。
島を散策しているとタヌキの姿を見ることもあります。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2017/06/24 Sat. 09:55 [edit]

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下関観光検定022 

【質問】

彦島の老の山公園の海側のふもとで、赤い屋根の風車があり、六連島など、響灘を眺める絶好の場所はどこでしょうか。


【答え】

ナイスビューパーク

【解説】

彦島道路の元料金所の傍らにある小さな公園がナイスビューパークです。
公園にはオランダ型風車があり「ひこしま風丸くん」と名づけられています。
この風車は彦島有料道路が開通して20年目の平成7年に造られたものです。
平成17年9月30日に彦島有料道路は無料開放され、彦島道路と呼ばれています。
ナイスビューパークからは六連島や北九州、北浦の海岸線の眺望が楽しめ、夕日を眺めるには最適な場所です。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2017/06/23 Fri. 09:35 [edit]

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下関観光検定021 

【質問】

六連島の西教寺の境内には、江戸時代の熱心な信者の碑が建立されています。
それは誰の碑でしょうか。

【答え】

お軽

【解説】

お軽さんは、厚和元年に大森岩松の次女として生まれ、少女時代は島いちばんのお転婆娘だったそうです。
17歳のとき、島の幸七というものと結婚。
ところが身持ちが悪く家を顧みない夫であったため、人生に悲観して一時は死のうと思ったほどでした。
しかし、西教寺で住職の法話を聞くうちに生きる望みを取り戻し、深く仏に帰依して「長門のお軽」として、加賀の千代女、大和の清九郎とともに、真宗の三同行と呼ばれるようになりました。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2017/06/22 Thu. 10:06 [edit]

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下関観光検定020 

【質問】

「ものもらい」をいう下関の方言の主なものは「メイボ」ですが、彦島には別の方言がありました。
今は使われなくなりましたが、それはなんでしょうか。

【答え】

マロード

【解説】

「ものもらい」をいう下関の方言の主なものは「メイボ」ですが、彦島地区には「マロード」「マロート」とも言っていました。
共通語で「ものもらい」が方言では「キロード」(まれ人 賓客)というのは、大変おもしろいことです。
「日本方言地図」では「マロード」「マロート」と言う地点は、中国地方東半に5地、四国西南域に2地あり、離れてぽつんと飛んでいる彦島に見られます。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2017/06/21 Wed. 09:04 [edit]

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下関観光検定019 

【質問】

下関出身のプロ野球選手、藤本(中上)英雄は、日本発の完全試合を成し遂げました。
それはどこの球場だったでしょうか。

【答え】

青森市営球場

【解説】

大正7年に下関の彦島に生まれた藤本英雄は、下関商業学校の野球部で活躍。
明治大学卒業後、昭和17年に東京巨人軍に入団。
昭和25年、青森市営球場での対西日本パイレーツ戦で、日本初の完全試合を達成しました。
平成6年には青森市営球場のある合浦公園「プロ野球初完全試合記念碑」が建立されています。
平成9年、78歳で亡くなりました。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2017/06/20 Tue. 08:49 [edit]

category: 下関観光検定

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下関観光検定018 

【質問】

お笑いコンビ「ロンドンブーツ1号2号」のメンバーとして知られる、下関市出身のタレントは誰でしょうか。

【答え】

田村淳

【解説】

下関市彦島出身。
下関中央工業高校卒業。
テレビ番組の司会等で活躍しています。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2017/06/19 Mon. 10:43 [edit]

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下関観光検定017 

【質問】

吉田松陰先生が石段を数えながら上った、福浦の金刀比羅宮。
地元の人が日本一急だというこの石段を、子供の頃だれよりも素早く駆け上がった、下関生まれの有名人は誰でしょうか。

【答え】

小暮実千代

【解説】

小暮実千代(本名・和田つま)は大正7年彦島福浦で出生。
梅光女学院に江の浦から岬之町まで渡船を利用して通学しました。
梅光には昭和5年4月入学、昭和10年3月卒業です。
かぞえ18歳まで福浦に住んでいました。
子どものころはとても活発な子で、水泳は上手で走るのも速かった。
生家近くの金刀比羅宮の急な石段(勾配約60度、現在269段)は誰よりも素早く駆け上がったといいます。
女優として活躍した他「マダム・ジュジュ・クリーム」や「サンヨー夫人」のコマーシャルでも有名になりました。
さらに女優として初めて厚生省から保護司に任命されたほか、「鐘の鳴る丘少年の家」後援会長を勤めるなど、社会奉仕活動にも熱心に取り組みました。
「小暮実千代 知られざるその素顔」黒川鐘信著によれば、彼女が亡くなる一週間前、病室で「福浦へ帰りたい」と弱い声で言い、目に涙をうかべたそうです。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2017/06/18 Sun. 14:19 [edit]

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下関観光検定016 

【質問】

明治4年に建設された我が国初の立標(浅瀬を知らせる標識の一つ。当時は暗礁)に由来する灯台が役割を終えながらまだ残っています。
なんという名前の灯台だったでしょうか。

【答え】

金ノ弦岬灯台

【解説】

旧金ノ弦岬灯台は、明治4年関門海峡に西洋の技術で造られた国内初の立標(浅瀬を知らせる標識の一つ。当時は暗礁と呼ばれていました)に由来するものです。
日本の灯台の父と呼ばれる英国人技師ブラントンの設計したこの立標は、大正時代に市内最南端の今の場所(大字彦島金ノ弦岬)に移されました。
石造りで高さは8.1メートル。
立標の面影を残すこの灯台は、我が国の海上交通上、下関が重要な地であったことを示す貴重なものです。
平成16年4月13日に、下関市の有形文化財に指定されました。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2017/06/18 Sun. 09:14 [edit]

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下関観光検定015 

【質問】

響灘に浮かぶ六連島には、天然記念物があります。
島の中央頂上部に露出する岩が、その天然記念物です。
この岩はなんという岩でしょうか。

【答え】

雲母玄武岩

【解説】

六連島の小高い丘には、世界でも三ヶ所しかないといわれる「雲母玄武岩」があります。
雲母玄武岩は、火山活動により噴出した高熱の玄武岩が海水で急激に冷やされることにより無数の小さな穴ができ、その内側に4ミリほどの光を放つ黒雲母と角閃石の結晶が生じた大変珍しいもので、明治の頃発見されました。
日本では六連島だけのもので、昭和9年1月22日に国の天然記念物に指定されました。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2017/06/17 Sat. 16:45 [edit]

category: 下関観光検定

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下関観光検定014 

【問題】

彦島にある福浦金刀比羅宮の石段は、あることで日本一だと言われています。
何が日本一なのでしょう。

【答え】

勾配

【解説】

福浦金刀比羅宮は、文政2年に、海防と福浦湾の繁栄を図るために、長府藩11代藩主毛利元義が忌宮神社の境内に祀っていた金刀比羅宮を福浦に移したものです。
その石段は、日本で最も急勾配な石段と言われています。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2017/06/17 Sat. 15:51 [edit]

category: 下関観光検定

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下関観光検定013 

【問題】

彦島本村町にある寺院は、平家が壇の浦で敗れてから平重盛の守り本尊を奉持して堂宇を建立したと伝えられています。
このお寺はなんというお寺でしょうか。

【答え】

西楽寺

【解説】

彦島本村町にある西楽寺は時宗の寺院。
寺伝によれば平重盛の守り本尊を、平家が壇の浦で敗れてから執権植田冶部之進、岡野将監、百合野民部がこれを奉持して彦島に渡り、先住の河野一族と図って迫に堂宇を建立しました。
建治2年、一遍上人の従者・西楽法印がこの島に訪れ、尊像を今の地に移し西楽庵と称し、のち西楽寺と改称しました。
本尊の木造阿弥陀如来坐像は、市の文化財に指定されています。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2017/06/16 Fri. 14:27 [edit]

category: 下関観光検定

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